どこでも気ぜわしい時分なので 〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。

  


先週は ところによっちゃあ都内の平野部でも雪が舞って、
師走の始まりがそうだったような冬本番という寒さが襲ったけれど。
今週はそれを大きく覆す、それは穏やかな暖かい朝で始まって。
陽だまりの明るさに暖かさを感じて和みつつ、
週末のクリスマスをさあどうしたものか、
プレゼントやご馳走の手配、いくら何でも本腰入れて取りかからなくてはと、
せぇのという気合いも入るよな週の頭と相成っており。
そんなすがすがしい冬の朝に、

「よう。」

ほぼほぼ住宅街の真ん中という立地にもかかわらず、
朝も早よから開店し、ご近所の早起きな層へモーニングを提供している
甘味処の“八百萬屋”の、
表通りに向いたドアを開け、
カウンターの内側で数個ほど並んだコーヒーサイフォンの様子を見ていた
ややごつい風体の店主に気さくに声を掛けたのは。
引き締まった痩躯に今日は割とカジュアルなコートを合わせた、
それでも雰囲気の鋭角さは削がれぬままという、シャープな印象の男性で。

「おや、お珍しい。」
「ホント。こんな早くにどうしました、榊せんせえ。」

こちらもやはり顔馴染み、
通っている女学園はお休み中とあって、
堂々と看板娘として店内の切り盛りに参加中の平八までもが、
可愛らしいエプロン姿のまま、おややと小首を傾げたのも無理はない。
ひなげしさんのクラスメート、紅ばらさんこと久蔵さんの主治医であり、
女学園の校医でもある榊兵庫せんせえが、
自宅からも三木さんちからもちょっと離れたこんな地へ、
しかもこんな早朝に顔を出すなんて。

「試験休みでも校医さんは出勤しなきゃいけないんでしょうか?」

2学期の期末テストも先々週に行われ、
今は 出席日数が足りないとか試験の点数が思わしくない顔ぶれが
補習のために登校しており。
運動部だって練習にと登校してもいるだろし、
何かあったら校医せんせえにもお声がかからぬではないだろうけど。
それでもねぇ…と、判じ物でも解くような顔をするお嬢さんだったのへ、

「いやいや私もお休み扱いだよ、学校からはね。」

彼らが何を怪訝に感じたか、さすがに察して苦笑を返し、
まだオーダーしてはないのに、気を利かせてコーヒーを出されたのへ、
どうもと会釈をしつつカウンター席へと収まったそのまま、
繊細そうな指で襟元から薄手のストールをほどく。
つややかな黒髪を、撫でつけるでなくの肩口までさらりと下ろしておいでで、
痩躯なその上、面差しもやや鋭い印象が強く、
細いフレームのメガネにそんな髪型のお医者様と来て、
もしかして神経質なのかな、
気難しいお人かも知れないと受け取られがちだが、さにあらん。
これで実は子供を構うのがお上手だし、
目の前にいる女子高生のお嬢さんと同い年の三木さんちのご令嬢とは
彼女が女学園付属の幼稚舎に通う頃からのお付き合い。
躾けは厳しいが、それでも…幼き存在の言葉足らずやもの知らずにも
ようよう気長にお付き合いできる方だし、
それでなくとも口数少ないあの令嬢の、
上手く言えぬともどかしそうになる機微などなどへも、
根気よく相手をしてきた方に違いなく。
お転婆揃いの、しかもちょっと複雑微妙な背景持ちな
とあるお嬢さんたち (久蔵さん含む)とのお付き合いで
更なる頭痛の種を増やしている現状へも、
そうそうキリキリと尖ることはなく、頼もしいフォローに回られている辺り、

 “何だかだ言って、兵庫さんも久蔵殿には甘いんだものvv”

ひなげしさんが その豊かな胸の内にてコッソリと微笑ったような、
ただ親しいより もちょっと温かい感情の下、くるみ込むようにして接していなさるのは明らかで。
ただまあ、ご本人の自覚としては妹への情愛のようなもの止まりなのかもで、
彼女らにしてみれば、そこが何とも歯がゆくってしょうがない。
今朝のこの思わぬ登場も、

「短大・女子大のコミュニティホールで、何やら特別な来賓を迎えるそうじゃないか。」
「あ、そっか。それで久蔵殿、斉唱部かかわりの…。」

彼女らが通うミッションスクールの高等部のご近所に、ほぼ内部進学組が集う女子大があり。
やはりやはり名家のお嬢様がたが通う場所柄に合わせたか、
そちらの敷地内には結構な作りの講堂もあって、
入学や卒業にまつわる式典のほかに、近隣のお屋敷から通うクチには成人式だの催されてもいる。
そんな女子大でのクリスマスミサにと、海外の大きな教会から司祭様がおいでなのだとかで、
歓迎のセレモニーに花を添える格好、
高等部の斉唱部が聖歌を歌い上げることになっているのだとか。

「聖歌隊、評判良いそうですからね。」
「それもあるがな。」

久蔵さんは滅多にお声が聞かれないほど寡黙だが、
ピアノの演奏に秀でておいでなため、
歌は紡がぬがその代わり、
繊細な旋律を奏でる伴奏係として斉唱部へ籍を置いていて。
端正な風貌や凛とした態度や所作が
そういう席でも華やかに舞台映えし、
微妙な言い方になるが主催側にたいそう重宝がられているらしく。
しかもしかも、

「出来れば三木様には主賓への花束贈呈を…っていうご指名が来たらしくてな。」

今回は文字通りの“花を添える”役も請け負っているらしい。
特に珍しい話じゃあないからだろう、さほど渋いお顔ではない兵庫さんで、

「それで、コミュニティホールまで送ってこられたのですね。」
「学園への送迎にはあたらぬだろからな。」

三木さんちは此処からJRで数駅ほどの距離がある。
お元気な高校生だ、毎日の登校に苦労はない程度だが、
今は休暇の真っ只中だし、
来賓へのセレモニーとやらへ立つための装い一式という荷物もあるのでと、
顔馴染みで事情も通じておいでの榊せんせえが車を出してくださったらしく。

「御用が終わったら連絡を? それとも此処へ直接来るんですか?」

だったら美味しいケーキセット、食べてってもらいましょうよということか、
にこにこ微笑う平八だったが、

 ぴこん、と

そんな彼女の“どこか”から、耳に馴染みのある電子音がして。

「あれ?」

エプロンの下、前掛けに隠されてたが
実は今様のを履いていた、
ダメージジーンズのセミタイトなスカートのポッケをまさぐり、
やわらかそうな手へ取り出したのは薄いツールで、所謂スマホ。
大方メールか、ラインへの書き込みがあったのかなと、
今時には あるあるなこと、
こちらに遠慮せず読みなさいよと促すように
視線を逸らしかかった大人男性二人だったものの。
そうと気遣われたご本人が、妙なつぶやきを口にした。
いわく、

「…久蔵殿、時速50キロで移動してますよ。」
「何だって?」

誰かからのメッセージではなかったものか、
頬にあてがう所作はしないまま見下ろして居た画面を、
二人にも見えるようにと提示する。
単なるスマホにしてはやや大きめのツールのクリアな液晶画面には
この界隈のそれだろう地図が呼び出されており、
何かのゲームのマップのようなその中、点滅する点がなめらかに移動しているのが観て取れて。
縮尺の関係から考慮しても、この素早い動きはヒトの動きであるなら確かに不自然。

「短距離だけじゃない、マラソンもお得意なのは知ってますが、
 時速50キロというのは尋常じゃありませんよね。」
「当然だ。」

それはそれで極論だが
42.195キロを1時間足らずで走破してどうするよと、
険しいお顔になり、スツールから立ち上がる榊先生にも、事態の傾向は伝わった模様。

「車での移動のようだが、まだセレモニーは始まってなかろうに。」

急な会場の変更での移動ならならで、
ぼんやりしていてもそこは躾が行き届いている久蔵が居場所の変更を連絡してこないはずがない。
何より、こうして平八にそんな現状を伝えてきたくらいだし…と、
そこへ思考が辿り着いたらしい兵庫殿。
自分もカウンター下へ突っ込まれてたジャケットを慌ただしく羽織っているお嬢さんへと目を向けたのへ、

「ああ、これって久蔵殿が自主的に送って来たものじゃないんです。」

そちらでも何を問われているのか、あっという間に察した平八。
その上で、
えっとえっとと、何て言えばいいものかと一瞬眉根を寄せてから、

「あのお人、どんな困った事態に陥っても自力救済しか考えないじゃないですか。」

深刻そうな、しょっぱそうなお顔になって、
人差し指をピンと立て、
ここ重要と、しかも困ったもんだと言いたげに口にしたひなげしさんなのへ

 “それは彼女(久蔵)に限った話じゃあないだろう” と

ついつい思った榊せんせえと五郎兵衛さんだったが、
そこはこの際、突っ込まずに置いといて。(う〜ん)
各々 上着を整え、五郎兵衛殿は車の鍵を壁から外した鍵束の中に確かめつつ、
話の先を促すよう二人そろって視線を送れば、

「なので、助けてって意味じゃあない、
 例えば スマホが手元にないとか、
 武装が足りないとか、車っていうアシが要るとか、
 そういう事態でもこれを引っこ抜いたら私の元へ通知が飛ぶからっていう、
 要請用のピンブローチやヘアピンなどなど渡してあるんですよ。」

しかもしかも、あとで訊いたら、
自分で引き抜いたんじゃあなく、そも自分で装着してもない。
髪のセットの仕上げに、自前のアクセサリーの中から選ばれた髪飾りがたまたまそれだっただけ。
掴みかかられた折、相手の服に飾りの部分が引っ掛かり、
土台を残して引き抜いた格好になっただけだというから、

『…そういうのも強運の持ち主というのだろうか。』
『何の、本人は助けを呼んだようで不本意だという顔だったぞ。』

といった困ったもんだの後日談はともかくとして。
店の営業は慣れのあるバイト数人に目顔で任せ、
大慌てで店から出た3人は少し先の駐車場へと駆け足で運ぶ。
その間にも、平八は探査用の画面を表示中のタブレットを見やっており、

「裏通りへ逸れましたね。」

駅前の繁華街の大通りほど人目がそうまで注がれるとも思えませんが、
それでも今時分ですから、配達の車も多いし。
駅前の幹線道路へは遠回りして出るつもりかなぁと、
的確に状況を口にするお嬢さんなのへ、

「すぐにも追おう。」
「ああ。それと、島田殿、いや、佐伯さんに連絡を。」

腕に覚えがあるからと言って、
素人だけで片づけようと構えていては、
日頃からお嬢さんたちへお説教している意味がない
…とまで思ったというよりも。
例えば緊急な交通規制とか、特別な緊急避難的対処への許可だとか、
(ex, よそ様所有の建物へ突入しての大暴れとか…)
警察関係者がいてこその素早い融通を利かせてもらう事態になりかねぬと案じてだろう、
五郎兵衛が駐車場へと入ったそのまま自分のスマホを手にした時だ。

「あ…。」

ひなげしさんがまたもや意外そうな声を出すので、
大人二人がぎょっとする。
心臓に悪いと表情をこわばらせ、今度は何だと目顔で訊いたのがさすがに伝わって、

「車が止まったらしいです。でも、こんな何にもないところで停まるかな。」

交差点でもなし、最新のGPSマップなので工事中ならその詳細も合わせて表示されるのにと、
首を傾げた挙句、別のツール、もう少し大きめのタブレットを
ジャケットの背中部分からよいせと引っ張り出した平八で。
それをてきぱき起動させる傍ら、五郎兵衛が店の配達にも使っているボックスカーに歩み寄る。
平八はどうやら、この界隈に自分で設置して回った監視カメラへのアクセスを取ろうとしているらしく、

「まさか、久蔵が何かしたとか?」

さほど焦ってはない電脳小町さんなのへ、
久蔵の危機というよりむしろそっちを期待し、
もとえ、懸念しているものかと恐る恐る訊くあたり。
ご本人は意識してないかもしれないが、
ただただか弱く震えてはないだろなという
それもまた困った方向での目串を刺してる兵庫さんでもあるらしく。
そこへと特に変わったことでもなさそなトーンで返されたのが、

「聴いてないですか? 榊せんせえ。
 久蔵殿、実は“超振動”使えるようになってますから。」

「…☆」

あ、やっぱり知らなかったのか、
そりゃまあ、こればっかりは言ってもらうか実際に目で見るしか気づきようがないもんなぁと。
声もないまま愕然としてしまわれた校医のせんせえに、ついつい同情しちゃった五郎兵衛だったが、

「…車を破壊したか?」
「機能の何かをぶっ壊して不具合させたってところでしょうな。」

実はすでに平八から聞いて知っていただけに、
こちらはそういう考察も出来るという一言を付け足した彼だったのには、

「…。」

何でまたお主までが詳細に通じておるかと、
言葉を失う校医の先生の真顔にぶつかり。
おおうしまったと気遣いからの狼狽半分、
焦りつつも言葉を足した五郎兵衛曰く、

「あ、いやいや。
 久蔵殿とて、刀レベルの得物でも持っていない限り
 そこまで大きな作用は出せまいと思うてな。」

例えば、いつもの特殊警棒とか。
ああ…あれは出がけに没収しておいたからなと、
どんだけ“人間兵器”なままのお嬢さんかを評し合ってる大人二人へ、

「それより早く向かいましょう。」

とっとと車のドアを開け、自分が運転席に座りかねないひなげしさんを、
やや、お待ちなさいと五郎兵衛が制す。
助けに行くのか制しに行くのか、
もしかして加勢しに行くつもりかもしれぬ威勢の良さなのへ、
しまった、こちらのお嬢さんもあちらの彼女と同類項だった、
自分たちと同じベクトルでの把握はしてないらしいと改めて気づかされておれば、

「位置は動かなくなったが点滅は忙しいままだぞ」

こちらは、やっぱり心配か、
久蔵の居場所を示しているタブレットへの注視を
後部座席にて注いでおいでの榊せんせえへ、

「あ、それって座標を3次元展開したら…」

前方の助手席からひなげしさんがひょいと手を伸ばし、
ちょいちょいと操作されると画面が切り替わり、3Dの鳥瞰図ぽい地図へとチェンジする。
すると、久蔵らしき点滅はとある建物の中を垂直に移動していると判明。

「ここって改装中のショールームですね。
 久蔵殿が自分で飛び込んだのか、
 相手が巧妙に待ち伏せなり回り込みなりをこなして追い込んだのか。」

けろりと言ってのける平八だが、

「おいおいおい。」

男性陣の方はそうはいかない。
それがかつての昔の あの野伏せりらとの合戦中のことならば、
ああそのくらいの画策は出来ようと安んじて聞いてもおれることだが、

「日頃、どういうチームワークで
 不良や暴漢どもと相対しているのかが見えたようで
 そら恐ろしいぞヘイさんや。」

「え〜、そうですかぁ?」

女子高生がたった一人で追い回されて、
さぞや怖い思いをしておろうという感慨が出るならともかく。
平八の言う通りなら それはお元気かつ俊敏に活劇中の久蔵といい、
それを 頼もしいなあ こちらも早く駆けつけねばという方向で
解釈しているひなげしさんといい。
おっかないにもほどがある彼女らの物差しを、何とか修正できないものかと、
本気で頭を抱えた保護者の皆様だったのは言うまでもなかったりしたのであった。



     ◇◇


…で、こちらは大変な事態に遭遇中…なはずの、
三木さんチのお嬢様の側はというと。

「…。」

恐らくは、それでなくとも寡黙な気性、話しかける相手がいないのに口を開くはずもなく。
なので、これだけではどんな心情でおいでか判りにくい。
胸の内にてさえ、思考をいちいち語句という形に成すよな悠長な習慣は持ってない、
そこだけはかつての昔と大差ないままの困ったお人なので。
だからこそ、人間離れした俊敏さでその身が動くのでもあろう、
そして、淡々と 若しくは粛々と、身に降りかかった状況へ対処してなさるだけなのだが。
その果敢さは、口を利かない静かさとは正反対の苛烈さであり。

「なんてアマだッ。」
「気持ちは判るが丁重に扱うのを忘れんな。」

いきなり力づくで車へ乗っけて連れ去る…という手段を用いた辺り、
相手はその辺の無頼よりも組織立っていたようで。
ただ、これが普通一般の標準的なお嬢様相手なら
そこまでしなくともという大仰な手管だったろが、
こちらの紅ばら様こと久蔵お嬢様におかれましては、
最初の “掴みかかって捕縛し、待たせてあった車に担ぎ込む”という段階からして
すさまじく手を焼かせておいでの難物で。
来賓への花束贈呈役というお役目のある身だったとはいえ、
セレモニーの準備委員会に参加していたわけじゃあない。
なので出番までは控室にて待機していたというところまで、
暴漢らは今日の段取りというものを把握していたらしく。
ならばと係の者に成りすまし、ホールの出口辺りまでを誘導して
車の間近で それっと掴みかかって掻っ攫えばいいと計画していたものが、

『……。』

問題の出入り口付近にて、
まずは自分を取り巻く空気の異様な圧に気付いたらしく。
細い眉を寄せ、怪訝そうな顔でひたりと立ち止まると、
最初の一人が穏便に腕を掴もうとしたのをそれはなめらかに躱して避けた。
抵抗を塞ぐべく、畳みかけるよに数人が掴みかかって来たのを身を反らして次々躱し、
ある程度の抵抗は織り込み済みだったか尚も手勢が押し寄せたのへは、

『…っ。』

二の腕をさする仕草をしてから、ああそうだった警棒は装備してないと思い出し、
仕方がないかと…足元を擦り合わせてから、
エナメルのピンヒールを一足分、左右へ思い切り蹴りだして、
確実に二人ほど完全沈黙させたのが惜しいかな限界だったよで。
フォーマルぽい恰好といっても、夜会への参加でなし、
教会関係のお客様が相手なのでと清楚なデザインのツーピース姿だったため、
セミタイトなスカート幅ではそうそう足元を踏ん張りも出来ず、
ましてや、高々と蹴上げた御々足で
片っ端からかかと落としを食らわせて伸すという手も使えないのが
返す返すも残念で。(恐ろしい…)

『と、とっとと捕まえろっ。』

さすがにこのもみ合いには 本当の関係者たちが不審を感じ、
何をしているのですかとあちこちから集まりかかってもいる。
手古摺っているんじゃないと、実行犯の頭らしいのが叱咤を飛ばし、
依然として生きのいいお嬢様がばたつかせる脚を数人がかりで抱えて持ち上げの、
この痩躯にどんだけエネルギーたくわえているものかの胴を浮かさせて、
やはり数人がかりで神輿のように担ぎ上げ。
予定のボックスカーへ何とか押し込むまでに倍以上の手間と時間がかかっており。
しかもしかも、

『…っ、痛ってぇーっ☆』
『だ〜〜〜っ噛まれた、なにすんだ。』
『大人しくしてろ…はがっ!』

乗り込ませてもなお、抵抗の気配は静まらずで、
噛みつく蹴る、暴れるをやめないお嬢様を押さえこむのに
運転手以外が総出で手を伸ばさにゃならない状況が続き、

『麻酔使ったらダメですかい?』

その方が本人へも下手に怪我をさせずに済みますがと、
助手席からナビ担当なのだろう男が、頭目らしい男へそんな言いようをしたけれど、

『馬鹿野郎、只の誘拐じゃねぇんだ。
 向こうさんに悪い印象持たせちゃあなんねぇんだよっ。』

どうやら身代金目的とか、彼女の身を楯にして何か要求といった
“誘拐”ではないらしいことが窺える。
今のところうかがい知れるのは、
三木さんちの久蔵お嬢様ご自身を連れ去れと
誰かに依頼されての “拉致”もしくは“略奪”という手合いなようで。
…こうまで恐ろしいお嬢さんだという事実、
こやつらへ依頼した誰かさんは知ってるのかが疑問だったが、それも今はさておいて。

「……。」

例えるなら野生の虎か ツキノワグマの捕獲よろしく、
一斉に抑え込むという方法ではあれ、
何とかその身を拘束されている格好の久蔵お嬢様。
いくら腕に覚えがあって、怖いもの知らずの紅ばら様でも、
このままでは多勢に無勢で埒が明かぬ、体力にだって限界は来るだろうしと、
そうとは思えぬノリでもがき続けつつも、何かしら考えてはいるようで。
そんな彼女の視野の中、
暴れた拍子に抜け落ちた髪飾りが
スカートの途中で引っ掛かっているのへやっと気がついての、さて。

「…。」

それへと手を伸べ、リボンでふんわりお花のように結ばれた部分、
レースの飾りを手のひらの中へ鷲掴むと、
ちょこりと外へ突き出す格好になった
根元の鋼のピンの部分を指先で摘まみ。
身を起こそうという抵抗へ
数人がかりで押さえこまれている微妙な拮抗状態に
相手のに皆して気を取られているその陰で、
指へと意識を集中して送り出した とある念。

「…? 何だこの音?」
「耳鳴りじゃねぇのか?」

モスキート音のような高音がじわじわと聞こえ始めたのが、
次第に車の走行音と競り勝って、
車内の全員の耳へと達したのとほぼ同時、

 ぴしっ、と

何かがひび割れたような音がし、そのままガンと大きな衝撃が。
エンジンの不調か、車が急に止まったせいで
乗っていた全員が前方へ放られるような反動ごと大きくつんのめり、
しかもしかも、車体のあちこちが
どういうほどけ方なのか、バラバラと分解を始めたからこれはびっくり。
何だ何だと怪しい男らが慌てる隙を衝き、
ごとんと枠ごと落ちたバックドアのリアゲートガラスが嵌まっていたところから、
何人かを蹴って足場にし、脱出しおおせた紅バラ様。
そのまま傍らにあった無人の建物へと飛び込んだものの、

「しまった、追えっ!」
「ここまで来て逃がすんじゃねぇっ!」

一体どこのどいつが放った輩たちなのやら、
丁重に扱えと言いながらも、結局は誘拐犯には違いなく。
ここで取り逃がせば令嬢の側の警戒も強くなり、
何より警察機構も動こうから、機会はもはや訪れぬ。
よって標的を逃がすわけにはいかぬのだろうが、
…選りにも選って相手が悪すぎることに、そろそろ誰か気がつかないものだろか。
久蔵お嬢様が飛び込んだのは、
改装するための封鎖状態にあったらしい、低層の多目的ホールというところか。
講義室っぽい部屋がいくつかと、ちょっと広めの講堂があり。
開放的で明るい構内なのは、各階の廊下の突き当りが全面ガラスの壁という作りなため。
階段を勢いよく駆け上がっておれば、髪のどこかでチクチクと何かが反応する。
ああそういえば、米こと平八が何かあったら引き抜けと言ってたヘアピンだったなあれ、と。
今頃思い出して窓の外へと目をやれば。
通りの向こうからやって来たボックスカーの天井がするするっと大きく開き、
一部どころかほぼ全開、コンバーチブル並みに開き切ったところには、
加速に負けぬ踏ん張りで、見覚えのある痩躯の男性がすっくと立ってこっちを見上げておいで。
こちらの位置は把握しているものか、
ホールに近づくのに合わせ、速度が落ちて、その黒髪の君が大きく手を振る。

「…っ。」

どうしようなんて迷ったり戸惑ったりする暇もなく、
手近な柱の陰に置かれてあった消火器を引っ掴むとそれを大窓へと叩きつけ。
ガラスの破片は大方外へ飛んだから大丈夫だと見切ると、
ほぼ素足のまんまで駆け出して。
ゆっくりとした並走状態にあったとはいえ、
3階相当の高さから その身を躍らせ、
ボックスカーの天窓目がけて飛び降りた豪快さよ。

「うおっとぉ。」
「やったぁ、せんせえナイス!」

車内にはいつの間に詰め込んだものか、
平八の知り合いの素材工学博士の発明品らしい、
途轍もなくふんわり反発のウレタンもどきがぎっちりと満ちており。
車のワイドサンルーフ(…)への改造も、五郎兵衛が知らぬ間にやらかされていたらしく。
ちょっとした衝撃映像の大賞を取れそな大胆不敵な活劇をこなしたお嬢さんをまんまと逃がしてしまった一同へは、

「さてさて、どこの誘拐犯か、キリキリと白状してもらおうか。」
「う…☆」

これもしっかり通報が届いていた、
地元の所轄署の巡査の皆さん&警視庁からの出向部長刑事さんが
警棒やカーボナイト楯装備で十重二十重に取り囲んでいて。

『アタシが父さまの納会に引っ張り出されてる隙に
 そんな事件があっただなんて。』

白百合さんが後日水色の双眸を大きく見張って、
驚いたのが半分、残りは“ズルい〜”と言いたげに
お友達二人に非難囂々だったのは ままお約束か。
師走のお屋敷町にて捲き起こった誘拐騒動も、
終わってみればものの小半時で解決してしまった、
なかなかに痛快な一幕だったようでございます。





   〜Fine〜  16.12.30


 *もうちょっと手の込んだ話にするはずでしたが、
  急に忙しくなってしまった師走で、
  ただただバタバタしてるだけで申し訳ありません。
  お父様の納会に付き合ってたシチさんにも、
  実はちょっとしたお話を考えてたんですが、
  (当然、おっさまがらみでvv)
  書けるかどうかは今んとこ不明です、すいません。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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